予感

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 この世界では、精霊ルビスの加護を受けた者にだけ、ある特別な『権利』が与えられる。

 ――『魔物との戦闘で死亡した時に生き返ることができる』という権利だ。

 ロトの血統を受け継ぐサマルトリアの“第二王子”サトリは、その『権利』とやらのありがたみと理不尽さを、いま、切に噛み締めているところだった。

「――ロラン!」
 ルーナの可愛らしい声が厳かな教会の中に響く。
 先程、戦闘で命を落としたばかりだったはずのロランが、神父の祈りによって蘇ったのだ。
「よかった、よかったわロラン…ッ」
涙を浮かべながらルーナに抱きつかれているロランは、きょとんとした表情だ。
「ルーナ? それにサトリも…。そうか僕は、確かさっき戦闘で……」
状況を把握したらしいロランは、その青い瞳を自分に抱きつくルーナと、その後ろで腕組みをしているサトリの二人に向けた。
「二人が生き返らせてくれたのか。ありがとう」
率直にお礼を言ってくるロランに対し、サトリはわざとらしく肩を竦めた。
「全くだぜ。パーティーの切り込み隊長やるのはいいけどな、後先考えずに突っ走んな。お前に死なれると俺たちも困るんだ」
「う……、ご、ごめん」
「ちょっとサトリ。ロランもまだ本調子じゃないはずよ。お説教はあとにしましょう」
不満を漏らすサトリをルーナはやんわり窘める。サトリは無言で溜め息を零すと、申し訳なさそうに見つめてくるロランに対し、ツンとそっぽを向いた。

(………サトリ?)
 何だか彼が怒っている。……ような気がしたのだが、ロランはこの時、サトリに呼び掛けることができなかった。


 教会を出て、三人は宿屋に泊まることにした。
 今日は戦闘をしすぎて全員クタクタに疲れていた。

「――じゃ、二人部屋ひとつと、一人部屋ひとつな」
「かしこまりました」
 宿のカウンターでサトリが部屋を取ってくれた。ルーナは「お金がもったいないから三人部屋でいい」と言っているが、流石にそういうわけにもいかない。彼女が一国の王女様なのもあるが、そもそもルーナは年頃の女の子なのだ。王子とはいえ同年代の若者二人と宿屋で同室にされたなど、ムーンブルクの民に知られたらとんでもないことになってしまう。

「文句言うなよ。こっちの方が健全だろう?」
「お金がもったいないわ」
「金なら稼げばいいだろ」
 ルーナとサトリの会話を聞きながら、ロランはサトリの口数が少ないことに気が付く。いつもならばルーナの2倍は軽く喋っているはずなのに。

 なんとかルーナを宥めて部屋に入り、旅の装備をそれぞれ解くと、ますますサトリは口数を減らした。
 太陽の光が部屋の窓から差し込んでいる。サトリは無言で窓を開けた。
(……やっぱり怒ってる?)
ロランは何となくソワソワした。怒っていたとしても、普段のサトリなら文句をきっちり言ってくるはずなのに、それもない。
(なんだろう、何を怒ってるのかな。それとも……怒ってるわけじゃない……?)
サトリは窓を開けた姿勢のまま、外をぼんやりと見つめている。戦闘になるとあんなに機敏に動くくせに、普段の彼は割とこんなだ。

(話し掛けづらいな……)
 サトリから「話し掛けるなオーラ」が出ているような気さえする。それくらいに今のサトリは静かに、無表情を貫いていた。

 ロランは仕方なく、荷物の整理を始めた。他にやることが思い付かなかった。とりあえず魔物との戦闘でごちゃごちゃになった荷物袋の整理から始め、終わったら自分の武器や防具を磨いたりしよう、と決めた。

「……あ」
 そうやって荷物を整理していると、ふとロランの手が止まった。手には大灯台で手に入れた星の紋章が握られている。そうだ、これを手に入れるために大灯台に上ったのだ。星の紋章を手に入れて、いざ帰ろうとした瞬間に魔物に奇襲された。迷路のように複雑な灯台でサトリもルーナも疲れきっているのが解っていたから、二人を守ろうと咄嗟に前へ出てしまって――…。
 気付いた時には、ロランは教会でルーナに泣きつかれていたのだ。

 改めて自分が『死んで』しまうまでのことを思い返し、ロランの心は少々塞いだ。
(二人には迷惑をかけたんだろうな…。僕はただでさえ大柄なのに)
自分の『遺体』を運ぶのは相当苦労したことだろう。きっと運んだのはサトリだ。あの戦闘をどうにか勝って、灯台を脱出して、街まで戻って…と、休まることがなかったはずだ。

(謝ったほうがいい、よね)
「――あの、サトリ」
「お前さあ」
 サトリを呼ぶのとほぼ同時に、サトリの方もロランを呼んだ。ロランが次の言葉を続けられずにいると、サトリは外に向けていた顔を部屋の中へと戻した。

「人が死ぬ所って、見たことあるよな?」
「え? うん…」
いきなり何の話だろう? ロランは考えながらもサトリの質問に頷く。ローレシアにムーンブルクの危機を伝えにきた兵士を筆頭に、旅をしていると人の死というものに出くわすことは多々あった。
「……人が死ぬことについてどう思ってる?」
「………、悲しいことだと、思ってるよ」
帰らぬ人を待ち続ける人、この世を去った者をいつまでも想っている人。そういう人にも出会った。もう会えない、もういない。そうと解っているのに想い続けてしまう。それはロランにとってはとても切なく、また物悲しい光景だった。

「お前が今日、俺たちに見せたのが、そういうことだ」
「………うん」
 徐々にロランも、サトリの言わんとするところが解ってきた。サトリは頭を掻きながら続ける。
「解ってんだ。お前が俺とルーナを守ろうとしていたってのは。でもな、やっぱ……お前だって仲間の誰かが死んじまう所を見るのは、キツいだろ?」
「ごめん……」
ロランが謝ると、サトリは首を振った。そうじゃない、別に謝って欲しいわけじゃない。そう言うのだ。
「俺にもルーナにも同じ危険があるからな。お前に限った話じゃないだろう。だからそういうのはいいんだ、『死んだ』こと自体を責めてるわけじゃない」
「え? じゃあ……?」
「俺が責めたいのは……、ルビスの方だ」
 静かな部屋の中。
 ロランは驚いて、サトリの瞳をじっと見つめてしまう。

「――ルビス様を?」
 サトリは僧侶系呪文を多く覚えている。サマルトリア王家がもともと神官の家系だから、というのがその理由らしい。
 だからこそ精霊ルビスについてそのようなことを口にしたサトリを、ロランは意外に思った。
「だってさ、俺たちルビスの加護のお陰で生き返ることができるんだぜ。ハーゴン討伐のために旅に出た勇敢なロトの血族だから、ルビスに依怙贔屓されてんだ。…ラッキーなことにな。たとえ何度魔物と戦って死んだとしても、生き返れる」

 それは、もしかしたら恐ろしいことかもしれない。
 『死ぬこと』を何度も経験する、というのは。

 ロランは息が詰まる気持ちでサトリの言葉を聴く。
「だがロトの血を引かねェ他の奴らは、病気で死んでも、魔物に殺されても、乗っていた船が転覆して沈んでも、誰も助けてもらえないんだ。誰ひとり生き返らねェ。それが正しい自然の摂理なんだけどな。……なんかさ、それって理不尽じゃねェか?」
「確かに、そうだね」
自分たちがだけがルビスの加護の恩恵に預かれる。それは確かに不自然なことなのかもしれない。

 ロランが相槌を打つと、サトリは密かに拳を握り締める。
「………ムーンブルク王のこと、覚えてんだろ?」
「もちろんだよ」
忘れるわけがない。ルーナの父親であり、ムーンブルクを治めた国王。廃墟となった城に魂だけが残り、未だに彼は天へと向かえずにいる……。
「ムーンブルク王はロトの血は引いていない。あの国は建国以来ずっと女系国家だからな……。魔物共と戦って殺されたっていう点では変わらないはずなのに、それでも俺たちみたいには生き返れないんだ」
「………うん」
サトリの言葉に、ロランはルーナの気持ちを慮った。彼女ももしかしたら、この事実に理不尽さや虚しさを感じているのかもしれない。

「サトリは、優しいんだね」
「ああ?」

 唐突なロランのセリフに、サトリも面食らった。いきなり何を言うのか、と眉を顰めている。
「それって世界中の人が平等であるように想ってるってことだろう。僕は正直、そこまで考えてなかったよ。単に、僕らがハーゴンを倒せる可能性が一番高いから、ルビス様が死んでも死なないようにして下さっただけなのかなって。だから僕たちの役目は、とにかくハーゴンを倒すことなんだろう、って」
「お前もたいがい単純だよな…」
半分呆れたような笑いを零すサトリに、ロランはにこりと微笑みかけた。
「でもそういうことだろ? 世界中で自分たちだけが特別扱いされるのは納得いかないって。さっきのルーナと似たようなことを言ってる」
「それとこれとは違うだろっ」
「同じじゃない?」
「スケールが違うぜ、スケールが!」
言い捨てて、どかっとサトリは寝台に身を投げた。軋む寝台の上で、サトリは再び考え込む。
「…――ルビスは何を考えてんだろうな」
「え?」
ぼそりと呟かれた声に、ロランは荷物袋に落としていた視線を再び上げた。
「俺たちに、死んでも生き返ってハーゴンを倒せって言ってるのか? そんなにハーゴンって野郎は強いのかよ」
「それは僕に聞かれても分からないけど、そうなんじゃないのかな」
「それに………」
「? 他に何かあるの?」
寝台で仰向けになっているサトリは、それ以上は言葉を紡がなかった。

「サトリ?」
「――いや、悪い。気にすんな。ただのぼやきだ」

 サトリには他に何か気に掛かることがあるらしい。それは分かったが、具体的にそれがどんなことなのかは、結局ロランには分からなかった。

「紋章を全て集めれば、ルビス様と会えるかもしれないし、その時に聞いてみればいいんじゃない?」
 気休めにすらなりそうもないことだったが、とりあえずロランはそう提案してみた。
 するとその提案は思いの外サトリに効いたらしく、サトリは寝台に寝そべったまま、ちょっとだけ目を丸くしていた。

「――…それもそう、かもな。精霊様がこっちの話を聞いてくれんのかはナゾだけど」
嘲るような口調だったが、サトリはそれを言うとロランに背を向けて瞼を閉じてしまった。
「寝るの、サトリ?」
「おー、ちょっとだけな…」
夕飯食いに行く時には起こせよ、と言いながら、サトリは眠りの世界に入ってしまう。
窓からは相変わらず太陽の光が射している。が、時刻としてはそろそろ一日も終わりが見えてくる頃合いだった。
眠ったサトリの背を見ながら、ロランは武具の整備に取り掛かった。

「……おやすみ、サトリ」


***


 浅いまどろみの中で、サトリは必死に探していた。仲間の姿を、漆黒の闇の中を駆けずり回りながら。

「!?」

 そして彼は見てしまう。
 目の前に広がる大きな血溜まりと、その上に血に染まったロランとルーナの姿を。
「ロランッ、ルーナ!!」
慌てて抱き上げるが二人とも息をしていない。死んでいる――そう知ったとき、彼の中には二つの考えが浮かんでいた。

『こいつらの命を取り戻すには、何をしたらいい?』
『この二人を守るためには、どうしたら?』

 彼の中で眠っていた呪文たちが、その時一斉に蠢き出していた。


***


「…――ッ!」
 声にならない悲鳴が、彼の喉からせり上げていた。

「は、……あ……ッ、フゥ……」
窓越しに、いつの間に天候が悪くなったのか、暗い雲が見える。ここは、そう、宿の部屋だった。先程までロランと話をしていたことを思い出し、サトリは痛む頭を抑えながら起き上がった。

「サトリ、起きたの?」
「ああ……」
 きりが良いところだったので、ロランは手入れ中の武具をいったん置いた。そのまま寝台上のサトリの様子を視線だけで伺う。
「大丈夫? 汗びっしょりだけど」
「……大丈夫だ」
イヤな夢を見てしまった。サトリは気分が悪くなっているのを自覚していた。

 大丈夫、と言う割にはかなり疲弊した様子のサトリを見て、ロランはあえて明るく声を掛ける。
「でも目が覚めてちょうど良かった。そろそろ夕食の時間だし、ルーナも誘って何か食べに行こうよ」
「……そーだなぁ。そうするか」
サトリはそのセリフと共にベッドから降りた。まだ頭は痛いし気分も悪いが、時間が経てばどうにかマシになるだろう……。

 そうやってロラン、ルーナと一緒に宿を出る瞬間のことだ。
 サトリは暗雲のせいで薄暗くなってしまった外の景色に、先程の『夢』で自身の中で蠢き出していた呪文を思い出していた。
「………」
(ああそうか、あれは……)
彼は一人、静かに納得していた。

 死んでも生き返ってハーゴンを倒す。それがルビスから与えられた自分たちの役割だと、ロランはそう言った。ハーゴンという存在は、それほどまでに強いのだろうと。

 だが、サトリは『それだけではないのかもしれない』という考えをずっと拭えずにいた。

 ロンダルキアに身を隠す、大神官を名乗るハーゴン。その存在は人々も知っている。だがそのハーゴンがロンダルキアで何をしているのかについては、誰も、何も語らない。
 この世を滅ぼすことが目的だとかいう話も聞いたが、だったら尚更、なぜまだ攻めて来ないのか。

 漠然とした不安を感じていた。だからこそサトリは納得できたのだ。

(俺は“あの”呪文を覚えるべきなんだ)
 命を取り返す呪文。
 そして、ロランとルーナを、己の身命を賭してでも守れる呪文――。それらには少しだがサトリにも心当たりがあった。
(俺の力量じゃ、まだあのへんの呪文を習得するのは無理かもしれねえが……)

 だが、いずれ必ず覚えるときが来る。それは確信にも似た予感だった。

「――街に来たのは良いけど、何を食べようか?」
「私、とってもお腹が空いてるわ。二人は?」
「僕もお腹減ってるなぁ」
「んー、俺もだな」

 暗い雲が空を覆い尽くしている。そろそろひと雨きそうな気配だ。
 サトリは雲行きを案じつつも、密かに決心していた。この二人を死なせることはできない。だから自分に出来ることは何だってしてやろう、と。

 ………これもルビスの導きなのだろうか?

「じゃあ景気よくお肉でも食べに行きましょうよ」
「いいね、賛成!」
「美味いところ探そうぜ」

 サトリはその小さな疑問をムリヤリ胸中に押し込めた。
 今はとにかく前に進むしかない。歩みを止めてしまうなど、自分たちには相応しくない。
 すぐ横を歩くロラン、そしてルーナの姿を、サトリはじっとうかがった。こんな過酷な旅を、それでも続けて来られたのは、この二人と一緒だったからだ。

(ルビスがどう考えてようと、関係ねェな。大事なのは俺がどうしたいか、だ)

 ふと、サトリの目に、二人の姿ごしに教会の影が映った。
「…………」

 教会に飾られている精霊像が、薄暗い中からじっと三人を見下ろしている……。
 
 半ばその目を睨みつけるようにしてから、サトリは街灯りの方へと視線を戻した。


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